cartaphilium

La prière la plus solitaire est ainsi la plus solidaire des autres.

文体の舵をとれ 練習問題 第一章~第四章

私が主催して七月から牛歩の歩みで進んでいる文舵合評会で提出した文章のまとめです。

下の方に各文章についてのメモがあります。

 

第一章 自分の文のひびき

〈練習問題①〉文はうきうきと

問一

声に出して読むための語りの文を書いてみよう。

その際、オノマトペ、頭韻、繰り返し表現、リ ズムの効果、造語や自作の名称、方言など、ひびきとして効果があるものは何でも好きに使っていい――ただし脚韻や韻律は使用不可。

 

 坂を登った。大変だった。やたらと長いしガタガタのコンクリートはヒールと相性最悪で、靴擦れが痛いし太陽は変わらず殺そうとするように暑いし。途中塀の上に猫がいたからよかったものの、いなかったら相当危なかった。頂上間際の「止まれ」に「黙れ、ここで止まらない元気があるわけあるか」と愚痴りながらも、上についたら達成感と開放感で止まらず走り出しそうになって、そんな目の前をビュンと掠めた自動車にかなり肝を冷やした。交通標識には従いましょう。坂の途中の自販機で買ったミルクティーは、炎天下で、まずくはないけど強いて飲みたくもない温度になっていて、ただ、別にいいかと思い直す。そろそろ目的地に着くのだ。こんな坂道を登らせた張本人のお住まいに。この坂を登ってこさせるような優雅な性格なんだから、ガンガンに冷房を効かせて優雅に涼んでいるに違いない。冷たい水の2杯や3杯頼んだって文句はないはずだ。ジンジャーエールやビールを頼んじゃったっていいかもしれない。

[メモ]

 

 

問二

動きのある出来事をひとつ、もしくは強烈な感情(喜び・おそれ・悲しみなど)を抱いている人物をひとり描写してみよう。文章のリズムや流れで、自分が書いているもののリアリティを演出して体現させてみること。

 

 ぱっと光ったのは稲妻で、それは私たちを祝福するような光だった。
 あの頃、ゴロゴロと鳴る雷の光の隙間に二度三度四度と暗転する空が、ぴしぴしと窓を叩きつける雨がこわくて、私たちふたりは怯えてベッドのなかに隠れたものだった。うるさい雨がもたらすいっさいの沈黙には深い深い眠りの後のクラクラとする酩酊感覚のような落ち着きがあって、じめっとした漆喰の部屋に立ち込める土の匂いの背徳感が、逃げ込んだベッドのなかで握りしめた妹の手から私だけに伝わってくるようで、とにかく私はこの時間が好きだった。私は本当に雷を怖がっていたのだろうか。タオルケット一枚で隔てる薄暗闇は、この薄暗い寝室よりもさらにすこしだけ暗くて、それは私たちふたりのほんのすこしの秘密と同じだけの量だった。出口をふさいだかまくらのような、パイ生地をかぶせたタルトのような。まっしろなタオルケットのなかで見つめあって交わす言葉は異言めいていて、お互いの肩に触れる髪の毛はそのときもすこしだけ湿っていた。
「ねえ」
「どうしたの」
「夜は」
「もうすぐよ」
「昼は」
「まだそこにある」
「朝は――」
 ――――。
 ひときわ大きな光は音がしなかった。閃光がタオルケットに私たち二人の影を写しとる暗い部屋(カメラ・オブスキュラ)。空気を切り裂いて轟く音が、薄皮一枚のベールの内側に届くまでの永遠。それはどこまでも祝福だった。

[メモ]

 

第二章 句読点と文法

〈練習問題②〉ジョゼ・サラマーゴのつもりで

 一段落〜一ページ(三〇〇〜七〇〇文字)で、句読点のない語りを執筆すること(段落など他の区切りも使用禁止)。

トタン屋根の隙間から私のあらゆる肌の表面にむかって忍び込んでくるあの冬の寒さに身を縮こまらせることにも慣れたそのときを起点にして水を汲みにおりた家の裏手の井戸のそばで南から吹いた暖かな風が頬をやさしく撫でてあたたかな記憶と春という軽やかな生命の息吹を思い起こさせるまでのとてもとても長い時間のあいだにはすっかり忘れていて一度たりとも思い出すこともないはずの感覚たとえば夏のむっとして木々と土のにおいが混ざった湿度の高い流体のような空気を吸いこんでこの足や腕を引っぱる重力がいくぶん強くなったように感じる気分や汗でべっとりと肌にはりついてこの服ごとどうしてもこの季節からは逃れられないのだという感覚になるあの濡れた服の不快な感触といったものが急に思い起こされるとしたらそれは一般的にはそうした悪夢を見たとかそうした描写のある物語を読んだだとかなにかまったく外的な体験が必要になるわけでまさかそうした外的な契機を必要とせずに夏の暑さを冬まで思い続けてわざわざ冬に夏の気分の悪さを考え続けていたりあるいは夏に冬の気味の悪さを考えて続けていたとしたらとてもそのひとは正気とはみなされないのが社会通念というものなわけだけれど私の高校入学と同時に親元を離れ寮暮らしになって一年が過ぎたサファモアに至ってなお楽しいハイスクール生活とは裏腹に抱き続けた義理の両親に対する恨みという一言では表しきれない殺意という一言なら表しきるかもしれないさまざまな感情は日々大きくなることに関してとどまることを知らなかった

[メモ]

 

第三章

〈練習問題②〉長短どちらも

問一

一段落(二〇〇~三〇〇文字)の語りを、十五字前後の文を並べて執筆すること。不完全な断片文は使用不可。各文には主語(主部)と述語(述部)が必須。

[英語の主語+述語という主体と動詞の関係構造は、日本語にそのままで当てはまるものではないため、たとえばここでは、〈何〉について〈どう〉であるのか、のように主題を対象とする陳述・叙述が成立していればよいものとする]

 

割れた空はテレビの砂嵐のようだった。私は意識して短い呼吸を繰り返す。冴えていく身体に鼓動を感じる。つい、彷徨った手は腰へと伸びる。冷たい銃のグリップがよく手に馴染んだ。私はきっと大丈夫だ、と思う。むこうから彼女がやってくるのが見える。軽薄に笑って手を振っている。声は霧に溶けてこちらまでは届かない。今度はそのつもりで銃に触れる。私は何が「大丈夫」なのだろうか。私は殺せるか心配しているのだろうか? 彼女を殺せる自信はある。殺した後を心配しているのだろうか? 何を心配するというのだろうか。悩むことなど何もなかった。一気に撃鉄を起こし射撃する。銃弾は彼女までまっすぐに届く。けれどそれは当然のように当たらなかった。

[メモ]

 

 

問二

半~一ページの語りを、七〇〇文字に達するまで一文で執筆すること。

 

なんかダメになったので藍子を窓から投げ捨てたらそのままの勢いでバンジージャンプよろしく帰ってきたのが今年の二月だから、つまりはもう半年近くもこの藍子と生活していることになるわけで、でも、どこがダメになったのか思い出せないくらい藍子はいつも通りこの上なく見えるし、なんなら投げ捨てたこと自体夢だったりするのでは?(希望的観測)と藍子の背中を優雅にパタつく羽根の付け根のあたりをムニュイっと触ってみるとガムテで大幅に補強した跡がばっちり残ってたりして、やっぱり往復バンジー胡蝶の夢にあらずということなんだろうと一応の結論はついたわけだけれど、そもそも何がダメになって捨てたのかとかなんかほとんど忘れてるし、なんか覚えてない? とどこか不機嫌そうな張本人に聞いたらいや、ちゃんとおかしくなってるじゃないですかって華奢な指先で窓の方を指すものだから、聞いたのはあなたのことなんですけど〜とか思いつつ半開きの遮光カーテンをピシャッと開けて窓の外を眺めてみると、ちょっと古めでかわいい大きさの家々がゴタゴタ集まって遠い向こうには霞んだビルディングの見える変わり映えしない下町の景色が広がっていて、空にはでろりと真っ黒な太陽が浮かんでいて、やっぱりいつも通りの私の暮らす東京で、んー別におかしいところなんてないけどって振り返るとやっぱり藍子は不機嫌そうだしまた理由を聞いてもなんか曖昧な返事だし、そういう態度が私たちの関係をダメにしたんじゃないんですかどうなんですか! ってあっダメになってたのってもしかして私たちの関係? とか考えてたらそうではないとすぐに藍子に否定されてしまってそうなんだ〜と思ったけど結局なにがダメになったんだろう。 

[メモ]

 

 

〈練習問題③〉追加課題

問一

最初の課題で、執筆に作者自身の声やあらたまった声を用いたのなら、今度は同じ(または別の)題材について、口語らしい声や方言の声を試してみよう――登場人物が別の人物に語りかけるような調子で。
 あるいは先に口語調で書いていたなら、ちょっと手をゆるめて、もっと作者として距離をおいた書き方でやってみよう。

 

(1)

ゆっくりと、二度、腹を蹴った。湿ったうめき声が令からこぼれる。これでいいの、私の声に令は微かに頷く。これでいいらしかった。「気持ち悪いよ」と小さくつぶやく。狭い子供部屋にはそれでも十分響いた。置いたままの足裏から呼吸を感じる。令はかすかに微笑んでいた。とても、とっても満足そうな表情だった。それが私には気に食わなかった。心もち、右足に重心を傾ける。令はますます笑顔になっていく。足裏に伝わる体温が気持ち悪かった。どうしてこんなことをしてるのだろう。この状況は令の望んだものにすぎない。私は別に――別になんだろう。令はあたたかかった。ゆき、と咳混じりに名前を呼ばれる。やわらかな腹部は抵抗で固くなっていた。自分が気遣いを忘れていたことに驚く。思わず退けた足に、床は冷たかった。その動作を謝罪と取ったのだろう。ううん、と令はかぶりを振って。「ありがとう」そう言って薄く笑った。

[メモ]

 

(2)

確かに昨日の天気予告では大雨だった。それなのに空には雲ひとつない。憎たらしいほどに綺麗な青がまぶしい。アーシャは軽くため息をついた。こうなっては仕方がない。慎重に、慎重にベランダへの窓を開ける。天蓋の光はとっても肌に悪い。予告が外れたような日はとくに。ベランダの室音機を稼働させる。一秒と外に出ていたくはなかった。あわてて部屋のなかに戻る。室音機が緑穹片を消費する。こーん、と少しづつ音が反響する。430ヘルツの神聖な音が部屋に満ちて。アーシャはふうと軽くため息をついた。これはこれで選びとった生活なのだ。それにしても、と彼女は思う。人工太陽の下の暮らしは、楽ではない。

[メモ]

 

問二

 書いてみた長い文が、単に接続詞や読点でつないだだけで構文が簡単になっているなら、今度は変則的な節や言葉遣いをいくらか用いてみよう(ヘンリー・ジェイムズを参照のこと)。

  すでに試みたあとなら、ダーシなどを駆使してもっと〈ほとばしる〉文を書いてみよう――さあ、あふれ出させろ!

 

物語は夢から醒めたそのときから始まるんだ、そういって父親がちいさい俺の頭をなでていたとき、それを話していたのがいつもの自然公園の丘の上だったか、それとも夕食後のソファーの上だったか覚えてないんだが、とにかく俺は退屈していて、じぶんの手を――手の甲にまだ毛の一本も生えていないきれいな手を――何とはなしにくるくるひっくり返しながら眺めていたことだけは覚えていて、それ以外のこと、そのときの父親はお気に入りなのに休日にしかかけない細いフレームの丸眼鏡をかけていたのかどうかも、数ヶ月伸ばしていい感じになってきたらなぜか毎回そこでさっぱりと剃ってしまっていたあごひげがその日はどうなっていたのかも、父親らしくゴツゴツとした手はちいさな俺の肩をかれのほうに優しく引き寄せていたのかも、その言葉はなにかほんとうらしいことをいおうとする人間に特有の神妙な顔つきで発せられていたのかも覚えていないのに、大きくなったじぶんの手を、ささくれだって張りのなくなった乾いた手を見るたびに、どうしてかその父親の言葉を――物語は夢から醒めたそのときから始まるんだ――思い出し、いつだって、耳元で残響するその言葉はこれ以上ないほんとうらしさにあふれていて、俺にあるひとつの問いを突きつけていた――つまり、「物語はもう始まっているのか」という問いを。

[メモ]

 

 

第四章 繰り返し表現

問一:語句の反復使用

段落(三〇〇文字)の語りを執筆し、そのうちで名詞や動詞または形容詞を、少なくとも三回繰り返すこと(ただし目立つ語に限定し、助詞などの目立たない後は不可)。(これは講座中の執筆に適した練習問題だ。声に出して読む前に、繰り返しの言葉を口にしないように。耳で聞いて、みんなにわかるかな?)

 

太陽が溶けていく。世界が朱に溶けていく。規律を失った屋上のフェンスたちは、逆光に染まって大量の朱いバツ印を光らせていた。空へとまっすぐに背を伸ばして生徒たちを守る役目も忘れて、屋上の内側と外側とを隔てる美徳も放棄して。君がそのフェンスをがしゃりと掴む。風はぬるかった。朱が混ざり込んだぬるい風が私の肌をすこし溶かしていた。さようなら。最後にそこにいる君にだけは伝えかったのかもしれない言葉は、それすら開いていく距離感のなかに溶けて届かない。落ちていく加速度。もうずっと前から探しつづけていたような、喉の奥を塞ぐ孤独のなかに確かに存在する大切な思い出に意識を溶かして。朱い朱い地面に肢体を手放した。

[メモ]

 

問二:構成上の反復

 語りを短く(七〇〇~二〇〇〇字)執筆するが、そこではまず何か発言や行為があってから、そのあとそのエコーや繰り返しとして何らかの発言や行為を(おおむね別の文脈なり別の人なり別の規模で)出すこと。
 やりたいのなら物語として完結させてもいいし、語りの断片でもいい。

 

 からん、ころん。

 夕暮れに染まる店内にドアチャイムが軽やかな音をたてる。

 私はいったん手を止めて、軽く一房にしたエゾムラサキをやさしく取りわけた。薄紫の花弁がくるりと俯く。ここ数年の「流行り」で、老脈男女年齢問わず、贈答花としてひときわ人気になったかわいらしい花。品種改良や栽培法で一年中育てられるようになったその花は、当然、私の営む生花店でも年中切らすことなく仕入れていた。いまやってきたお客さんも、この短命の多年草を買いに来たのかもしれない。

「いらっしゃいませ」

 背の高いミモザの陰から姿を現したひとに声をかける。入店からまっすぐカウンターまで来るお客さんは、おおよそほしいものが決まっているか、聞いた方が早いと思っているか、とにかく、声をかけたからといって店を離れるタイプではないことは確かだ。

 やってきたのは利発そうな少女だった。

「本日はどなたへの花を?」

 無音。一拍おいて、目をきらきらと輝かせて。

「は、はじめましてっ!」

「はい?」

 まじまじと少女の顔を見てしまう。花屋の店員に話しかけるにはおよそ似つかわしくない挨拶をしてきた彼女は、なんというか輝いていた。目とか。表情とか。顔の前であわせた細い指先の薄ピンクのネイルとか。

 はじめまして、のとおり、私とこの少女は初対面のはずだった。

「あの、えーっと、は、はじめまして」

「あー、すみません、いきなり……」

 癖なのだろう、目線は私から外さずに、少女はさらさらとした後れ毛をその白い手でくるくると巻きとりながら。

「わたしサラっていいます。お茶でもしませんか、お姉さん?」

 さらりと私に言ってのけた。

 

 燻したコーヒーと柔らかなバターの香り。シックな窓辺には私の仕立てた網籠のフラワーポット。道路をはさんで真向かいにあるこの喫茶店は私の花業のお得意様で、私もここのフレンチローストのお得意様なのだった。

 窓ぎわの瀟洒なテーブルに、ふたりぶんのティーカップが並ぶ。

 よくこんなことしてるの、そう聞いた私にサラはまさか、と言って小さく笑った。

「はじめてなんです。見た瞬間に、こう、ビビッと来てしまって」

 この出会いは運命に違いない、そういう直観が働いたのだという。ふつうに話しかけたら、店員と客の関係から始まってしまう。けれど彼女はこの運命を私とすぐに分かち合いたくて、だから焦りながらも適切な言葉を探した結果、出てきたのが「はじめまして」だったのだ、と。

「まだこの街に来てすぐなんです。夕暮れ時でも活気のある商店街ってなんだかめずらしくて。それに、どこか懐かしくて。あ、わかりますか? ふふ、ぶらぶらしていたらあなたのお店の前を通りかかったんです。そこでなにかが私のなかで引っかかって、ふらりと立ち寄ったんですよ。店先のお花だったか、入口のドア飾りかなにかだったか、あなたに出会ったから忘れちゃったんですけど。だから——」

 サラは一瞬窓の外へ伸ばした視線を私の方へ向けると、軽く身を乗り出して囁いた。

「いまいちばん知りたいのは、お姉さんの名前なんです。教えていただけますか?」

 

 

 それから閉店時間を過ぎてマスターに追い出されるまで、私たちはほんとうにたくさんの話をした。たとえば、嫌いなものについて。自分ではあまり気に入っていない、私の名前について。許せる虫とそうでない虫について。伝えたい言葉が思い出せないときの絶望について。流行り病について。たとえば、好きなものについて。好きな紅茶と、それにいちばん合うお茶請けについて。自分の前に手にとられたのが何年前かもわからないような、書庫の奥から借りた本を広げたときのにおいについて。長旅から帰ってきたときの安心感と、ちょっとだけ残る寂しさについて。

 サラの作戦はまったくもって成功で、このお茶会は私たちの関係を一足飛びに特別なものに——ただの花屋とお客の関係ではないものに——するにはじゅうぶんだった。

 長く短い時間のなかで、私とサラの考え方は同じ場所を目指す旅びとのように非常に近しいもので、お互いの趣味の違いはそれぞれを補い合うかのように感じられた。

「ほんとうに、月と太陽と地球が一直線に並んだみたいな偶然」

 笑いながら言ったサラのジョークに私も笑ってしまったけれど、私たちはたしかにこの偶然に、特別な関係になれたのだった。理由はいらなかったし、もし必要とあればいくらでも挙げることができた。

 

 

 そして私とサラが一緒になってから季節がひととおり巡ったころ、サラは発症した。

 

 

 ベッドに細長く差し込む明け方の光に、サラはわずかに眩しそうに目を開いた。

 ゆっくりと身体を起こして、不思議そうにまわりを見渡す。早朝の静けさに白く沈む病室の壁を、そしてベッドの脇にすわる私を。窓際に置かれたエゾムラサキの意味に気づいたのだろうか。サラはすこし目を見開いて、私の顔を見る。

 私の心は驚くほどに凪いでいた。何も終わってなどいないことへの、これからも続いていく時間への確信ゆえだろうか。そう、たとえ忘れられても。けれど、これがひとつの始まりでもあることは確かだった。だから、

「はじめまして、サラ」

「はじめまして! ええと、お名前をお伺いしてもいいでしょうか?」

 私はすこし好きになった自分の名前を口にする。

 いいお名前ですね。そういってサラはやさしく微笑む。

 薄紫の花弁がくるりと俯いた。

[メモ]

 

 

 

 

 

メモ

 

第一章

〈練習問題①〉

問一[本文へ戻る]

・合評会では、読点のすくないだらだらっとした語りが進み続けている視点人物の描写と噛み合ってテンポのよさにつながっているのだが、それが心理描写で遮られている、といった指摘があった(大意)。たとえば、「交通標識には従いましょう。」とか「ただ、別にいいかと思い直す。」みたいなところは別にいらないのでは、という。

・書いたときにはぐちぐちと歩いているが小気味よい、みたいな饒舌さをねらっていたのだと思うが、たしかに指摘の通り、立ち止まって考えてしまっているような箇所はその流れが淀んでしまっている 。自分では気づけない指摘で、たしかに~となった。

・「初回だし締切には間に合わせないと......」と思って非常に急いで書いたので、このなかではいちばん納得のいっていない文章でもある。合評会初回の時点で私以外のみんなが締切を守らなかったため、それ以降は締切厳守で急ぐことはあんまりなくなったというあまりよくない後日談がある(自分はだいたいは締切守ってますが......)。

 

問二[本文へ戻る]

・一瞬の永遠を過去時制で語るタイプの雨の日姉妹百合。問一よりも先に書いていたので、文舵をはじめていちばん最初に書いて提出した文章になる。書いたときには気に入って、合評会の後にツイートしたりしていた。

・最後の段落を書いているとき、「映写機? 輪転機?」と入れたい単語のニュアンス逆引き連想ゲームをしていて、カメラ・オブスキュラが思い浮かんだときにはかなりテンションが上りました。ちょうど暗い部屋の話なので。

・合評会でも割合好評だった。外の雷(光)と内側の暗闇の対比をもっと明示的に示唆するべきでは、といった指摘もあり、もし入れるとしたら......は悩みどころ。雷雨の屋外は電気のついていないような室内よりは明るいけれど、けっしてわかりやすく対比できるほどの明るさではなく、かといって対比として描いている以上は......

 

第二章

〈練習問題②〉[本文へ戻る]

・読みやすい、という感想と読みづらい、という感想が両方あった。これは一文(大きな主部と述部のあいだ)に複数の修飾部をつけて、それぞれをひたすら伸ばしていくような書き方に起因していると思う。文法的にいえば破綻がなくつながっている文章にはなっていて、それに対して、この課題の実作のなかでは読みやすかった感想ももらえたんだろうと思う。一方で、このやたらと長い修飾部が悪さをして読みづらい、というのも非常にわかる。

・内面を描写した前半と環境や外的な面を書いた後半に飛躍があって、この逆説がうまく接続されていないように思う、という指摘もあった。書きながら自分でも思っていたので、これはまったくそのとおりだと思いますね......

 

 

第三章

〈練習問題③〉
問一[本文へ戻る]

・リ❍リコか? という指摘はなかった。合評会の掟が守られている......(『文体の舵をとれ』巻末の合評会のルールが書かれた箇所に、「〇〇を思い出した」などど言わないように、という記述がある)

・課題をかなり厳密に守って、15字プラスマイナス2文字に納めるように書いた。なので書いている側としてはパズルをしているような感覚があり、あまり文章そのものとしては面白みがないのでは? という気持ちもあったのだが、合評会ではけっこう好評だった。制約があるなかでも、文章として続きが気になる感じに書かれている、過不足なくどういう情景なのかが伝わってくる、など。なるほど。

・厳密に課題を守ることで、リズムにどうしても起伏がなくなってしまう感覚があったため、〈練習問題③〉追加課題の問一「ゆっくりと、~」の文章では、課題を意識しつつも意識しすぎないように書いてみた。けど、それについてはまたあとで。

 

問二[本文へ戻る]

・いちおう某作家の文体模写のつもり。問一よりも面白く書けた感覚があったのだけど、「読みづらい」「何が言いたいのかわからない」と大不評だった。ショック。

・私のなかでの試みとしては、第二章の練習問題②とはまったく別の書き方をしている。練習問題②では、主部と述部のあいだをひたすら延ばしていく、という書き方なので、端的に言えば「さまざまな感情はとどまることを知らなかった」で、あとはすべてそれへの修飾とわけてしまってよい。

・それに対して、今回の文章では、ひとつの文のなかに複数の動詞を入れてガンガン時間を動かしていく、という書き方をとっている。なので、「〇〇が✕✕した」と要約するのが不可能になっていて、それが「何が言いたいのかわからない」みたいな感想にもつながっているのだと思う(という話を合評会でもした)。

文体模写元の作家がそういう書き方をしていて、意図的に一文の始まり方と終わり方での平仄をあわせていない、「この文はこの始まり方でこの出口に抜けていくの!?」みたいなスリリングな読書体験をできてしまったりする。

・それを取り入れてみたつもりではあるのだけど、さすがにもとの作家も一文が700字に及ぶまで長くしたりはしていない。加えて、かなり短い文も混ぜたりとリズム感を非常に意識していて、その絶妙なバランス感覚がその作家の文章を読むときの稀有な読み心地につながっている。私の方ではたぶん失敗している。メリハリが大事ってこと。

 

〈練習問題③〉追加課題

問一

(1)[本文へ戻る]

・モチーフとして、レガスピさんの「殺伐百合小説集」に影響を受けて書いたものです。私の性癖ではありません、念のため。

・読んだのが半年くらい前だったのでキャラクター名などは忘れていたのですが、いま確認したら「殺伐百合小説集」収録「腹パン百合」の登場人物のひとりが「れい」なので、被ってしまっていますね。こいつは、失敬。オマージュということで、なんとかなりますか?(終了画面選手権)

・さきに書いたとおり、「令はあたたかかった」が9文字でいちばん短く(-6)、多いので18文字(+3)と、前回の問一よりも「十五字前後」の課題をゆるく取って書いた。そのぶん、リズムとして自然で、前回ほどぶつ切りにはなっていない、という感想を合評会ではいただいた。

・断片文が複数あって、それは書きながら目をつぶっていたけれどあえなく指摘された。

 

(2)[本文へ戻る]

・参加者が非常に少ない会だったので(ふたりだった)、数合わせにもうひとつと提出したもの。こっちはぶつ切りっぽさが残っている。

・造語を多用してますが、まあこんな感じの話だろう、という推測は立つ程度には意味不明にはなっていない、とのことで、安心しました。

 

問二[本文へ戻る]

英語圏の某作家を意識しているので、翻訳調です。日本語としては、文体模写とまではいかないものの、漢字の閉じ開きはとある好きな作家のものに基本的に準じています。

・けっこう気に入っているものの、課題に準じて700字は書くべきところを560字くらいで収まってしまった。700字に増やすとしたら......と考えるとバランスが崩れそうで難しい。合評会では「覚えていないこと」の描写の比重が大きすぎかもしれない、という指摘もあり、成熟する前後の自身の手の描写をあまり覚えていない父親の存在と重ねて書くのであれば、たしかにもうすこし手の描写などをしたほうがよかったかもしれない。

 

第四章

〈練習問題④〉

問一[本文へ戻る]

・「朱」と「溶ける」の二語を繰り返した。それぞれの指示対象が変わることで効果的な繰り返しが違和感になっていない、という評価で、よかったです。

・「屋上」「生徒」「フェンス」、あとは後半の描写で飛び降り自殺をする(女子)生徒を書いたものと理解できる情報は提示したつもりだったが、合評会では具体的な描写の少なさには説明不足を感じたとする声が多かった。あと、ほとんど描写のない「君」は要素として必要なのか、みたいな。

・一方で表現についてはかなり反応がよく、たとえば「それすら開いていく距離感のなかに溶けて届かない」という文がいい、といってくれたひとがいたものの、いま振り返ると練習問題②の問一の「声は霧に溶けてこちらまでは届かない」と似たような修辞表現になっていて、引き出しの少なさが露呈してしまっている感じであまりよくないな~と思う。

・さいしょは『雫』の有名なシーンみたいな、溶鉱炉みたく赤い空、学校の屋上、という風景が書きたいというスタートで、主人公に対する「君」のほうが飛び降りたりする予定でした。ただ、書いている途中で主人公側が飛び降りている話にできることに気づき、同時にnyanyannyaさんのShutterという大好きな曲をオマージュした内容にできると気付き、書いていた「赤」を「朱」に変えたり、歌詞の一部(「落ちていく加速度」)を引用したりしました。直接の反映はされていないものの、後半部分については、同じくnyanyannyaさん作詞作曲の「LIAR」という曲の歌詞とか、『TФЯMЗИT』という小説を見ながら書いた影響が出ています。

www.nicovideo.jp

 

問二[本文へ戻る]

・愛するひとの記憶を失う病気が「流行って」いて、それゆえに愛するひとにエゾムラサキ=勿忘草を贈ることが流行になっている世界でのガール・ミーツ・ガールです。フォゲットミーノットとか勿忘草って書くと直截的すぎてあけすけだし使いたくない、という気持ちでエゾムラサキに。そういう世界であれば、忌み名みたいな風習として、本来の花の名前(勿忘草とかフォゲットミーノットとか)ではなく、むしろエゾムラサキみたいなあまり使われてない名前でこの花が呼ばれるようになるのでは、みたいな考えもあります。

・「はじめまして」を二回繰り返すことってそうないよな、と思ったので選んだものの、合評会では、この言葉だけの繰り返しだと構成上の反復として弱いのでは、という意見もあった。

・「薄紫の花弁がくるりと俯く」を最初と最後で反復していたり、あともうひとつ、意味上の反復になっている箇所があったりします。そういうことではないらしい。

・「え......短編小説とか書いたことないんですけど.......」と思いながら書いた。