cartaphilium

La prière la plus solitaire est ainsi la plus solidaire des autres.

文体の舵をとれ 〈練習問題⑦〉視点(POV)(ノクチル)問二・問三

四〇〇〜七〇〇文字の短い語りになりそうな状況を思い描くこと。なんでも好きなものでいいが、〈複数の人間が何かをしている〉ことが必要だ(複数というのは三人以上であり、四人以上だと便利である)。出来事は必ずしも大事でなくてよい(別にそうしてもかまわない)。ただし、スーパーマーケットでカートがぶつかるだけにしても、机を囲んで家族の役割分担について口げんかが起こるにしても、ささいな街なかのアクシデントにしても、なにかしらが起こる必要がある。
 今回のPOV用練習問題では、会話文をほとんど(あるいはまったく)使わないようにすること。登場人物が話していると、その会話でPOVが裏に隠れてしまい、練習問題のねらいである声の掘り下げができなくなってしまう。

 

※問一(円香視点・透視点)は→こちら

 

問二:遠隔型の語り手

 遠隔型の語り手、〈壁にとまったハエ〉のPOVを用いて、同じ物語を綴ること。

 

 少女たちの二曲目の演奏が終わって、講堂に観客たちの拍手がぱらぱらと響く。演奏した四人の少女たちの表情にも、観客の表情にも、納得や満足といった類の感情は見受けられない。講堂はすぐに静まり返る。先頭でギターを演奏していた少女が、後ろをふりかえって二言三言なにかを話す。ピアノを演奏していた少女が、何か突拍子もないことを言われたかのような相槌を打って、ドラムを叩いていた少女が重ねて何かを言う。ひそやかな、けれど楽しそうな雰囲気をもったその会話で、少女たちのなかで何かが決まったようだった。
 ベースの少女とギターの少女が目を合わせて、軽く頷きあう。一拍おいて、ギターが先行して三曲目のイントロを奏ではじめる。三小節目でほかの楽器も一気に流れ込んで、講堂をふたたび音が満たしていく。一生懸命に、そして楽しそうに演奏する少女たちには、さきほどまでの緊張は見られなかった。のびのびと紡がれる音が、声が、ひとつの全体〈アンサンブル〉をかたちづくってゆく。バスドラムが振動する。彼女たちの汗がステージに落ちる。キーボードの打鍵音が四人のあいだを反響する。ベースのシールドがステージの上を波打つ。ギターの振動が、彼女たちの声が、真空管を通して室内を拡散する。その壁を突き抜けて、どこまでも遠くに響き渡ろうとするように。
 演奏が終わって頭を下げる少女たちに、ぱらぱらと拍手が響き渡る。けっして大歓声には届かないものの、たしかに伝わったことを教えるような、そうした拍手を浴びながら、少女たちは、いまにも笑い出しそうな笑顔をたたえている。

 

 

問三:傍観の語り手

 元のものに、そこにいながら関係者ではない、単なる傍観者・見物人になる登場人物がいない場合は、ここでそうした登場人物を追加してもいい。その人物の声で、一人称か三人称を用い、同じ物語を綴ること。

 

 二曲目の演奏が終わって、周囲からぱちぱちと拍手が上がる。それに釣られるようにして、私も軽く両手を叩いた。このライブ、いつまで続くのかな、などと考えながら。
 ――きれいな子たちだな。それが最初の印象だった。
 例によって私たちには当日に知らされた慰問ライブにやってきたのは、楽器を携えた四人の女の子たちだった。
「えー、ノクチルっていいます。これから演奏をして、歌います。……あー、アイドル、やってます。ふだんは」
 たぶんリーダーなんだろう女の子がそういって、さっそく演奏の準備をしはじめる。マイペースに準備を進める少女たちを眺めながら、さっきの女の子はなんていう名前なのだろう、などと考えていたらいつの間にか準備は終わっていた。自己紹介の最後、きっと無意識につけたされたのだろう「ふだんは」に引っかかりを感じつつ、始まった演奏を聞いてすぐに理解した。初心者の演奏だった。
 二曲目が終わって彼女たちが小休憩に入る。このライブ、早く終わらないかな。無意識にそう考えていた。初心者なんだろうし、緊張もあるのだろうけれど、演奏はバラバラだった。焦りが表情に、演奏に出ていた。彼女たちがきれいな子たちであることを差し引いても、見ていて楽しいものでは、あまりなかった。
 彼女たちがなにか話しているのがわずかに聞こえてくる。内容までは聞こえない。けれど、楽しそうな雰囲気が、講堂の床をはずんでにわかに広がってゆく。自己紹介をしたギターの女の子がこちらを振り返る。それからすこし俯いて、目を伏せて、歌うように。ピックが弦をはじいて、新しい音があふれ出す。三曲目が始まった。
 ――何があったのだろう。演奏を聴きながら思う。さっきまでの演奏とは全然違っていた。息があっている。音がのびのびとしている。声が――そう、楽しそうにしている。魔法がかかったように、全員の音がぴったりとあっていた。軽やかに紡がれるギターの豊かな倍音が、ハイハットの弾んだリズムが、柔らかなピアノの三和音が、慎重に全体を支えるベースの低音が、きれいに混ざりあって、ひとつの音楽になっている。彼女たちの歌になっている。
 ああ、四人とも仲がいいんだな。ふと納得する。お互いに目配せをしながら楽しそうに演奏をする彼女たちは、私たち観客を見ているようで、どこか内側へ向いた密やかな遊びのようで。彼女たちのもつ絶妙な雰囲気に魅了されながら、私はいつの間にか、ギターの少女の歌うような演奏に釘付けになっていた。きっと楽譜通りではあり得ない演奏、定番を外れたコードにカッティングとアルペジオの緩急、思いつきのように挟まるフィルインは彼女自身のセンスなんだろう。けれどそれは四人の演奏のなかできれいに調和して、同時にどこまでも自由だった。
「ありがとうございましたー。」
 すべての演奏が終わり、そういって軽く頭を下げた彼女たちは、そそくさと撤収の準備を始めた。一瞬、顔を上げたギターの彼女と目があったような感覚になる。そのきれいな瞳は、いったいこれからどんなにたくさんの世界を目にすることになるのだろう。私はきっと知ることはできないけれど、それを知りたいと思う。彼女はどんな未来を、音を紡いでいくのだろう。
 ――けっきょく最後まで名前はわからなかったけれど。いま、彼女は間違いなくアイドルで、私はそのファンのひとりだった。

 

 

メモ

・問二は〈壁にとまったハエ〉のPOVを書く課題。ただ安直に誰でもない客観的な視点で書こうとすると、たんなるト書きになってしまう危険性がある。最初は多少悩んだものの、どこに注目して何を記述するかで、十分に迸らせることができることがわかった。

・たとえば「バスドラムが振動する(中略)」のあたりの箇所など、楽器の音そのもの(がどのようなものか)を記述してもよかったのだが、キーボードの打鍵音だとか、音そのものではなくそれに付随する音ともいえない音とかを書くことによって中心で鳴っているはずの音を外堀から記述するような、そういう多少トリッキーなことも試してみた。

・壁にとまったハエである以上、その視点は彼女たちの名前も知らないはずだろう、ということで固有名詞を使わなかったのだが、さっきの音以外の音みたいな話もそうだけど、そういう「外側だけを書くことで内側を書く」みたいなことがこの視点で書く面白さに繋がってくるのだろうと思う。

・合評会では「固有名詞が使われていないことで、二次創作が二次創作でなくなっているような感覚があって、そこが面白い」みたいな感想をもらい、面白い感想だなと思った。

・問三は「プロデューサー視点で書くと思った? 残念! 観客の囚人A視点でした!」みたいな感じ。けっこう筆が乗って書くのにはあまり困らなかった。

・少女たちが(アイドルとして)ライブを成功させる話でもあり、ひとりの人間がひとりのアイドルのファンになる話、でもあり、という感じに、これまでとはまったく別の視点から語り直しながら上手くまとめられたような気がします。

・合評会ではこの問三で書いた文章について、構成も褒めてもらえたのでよかったです。

・問四は落としました