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La prière la plus solitaire est ainsi la plus solidaire des autres.

文体の舵をとれ 〈練習問題⑦〉視点(POV)(ノクチル)問一

四〇〇〜七〇〇文字の短い語りになりそうな状況を思い描くこと。なんでも好きなものでいいが、〈複数の人間が何かをしている〉ことが必要だ(複数というのは三人以上であり、四人以上だと便利である)。出来事は必ずしも大事でなくてよい(別にそうしてもかまわない)。ただし、スーパーマーケットでカートがぶつかるだけにしても、机を囲んで家族の役割分担について口げんかが起こるにしても、ささいな街なかのアクシデントにしても、なにかしらが起こる必要がある。 今回のPOV用練習問題では、会話文をほとんど(あるいはまったく)使わないようにすること。登場人物が話していると、その会話でPOVが裏に隠れてしまい、練習問題のねらいである声の掘り下げができなくなってしまう。

問一:ふたつの声
①単独のPOVでその短い物語を語ること。視点人物は出来事の関係者で――老人、こども、ネコ、なんでもいい。三人称限定視点を用いよう。
②別の関係者ひとりのPOVで、その物語を語り直すこと。用いるのは再び、三人称限定視点だ。

 

問一:①

 ささやかながらしっかりした音響のステージはやたらと照明が眩しかった。なんとか2曲めが終わってまばらに響く拍手は空虚で、それでもアイドルがたかだか数ヶ月でなんとか様にした演奏にしてはお釣りが必要かもしれないと円香は思う。雛菜、ドラム走りすぎ。小糸は特殊な人前での演奏に完全に萎縮してるし、透は――自由に演奏し過ぎで誰ともあってない。

 女子刑務所の慰問ライブ。以前にテレビの企画でバンド演奏に取り組んで、曲がりなりにも弾けるようになったんだから活かせる仕事を、というのがプロデューサーの建前。それで取ってきた仕事がこれだったのにはあらゆるセンスを疑ったが、まあいまさらだ。

 マイクスタンドを片手で持ったまま、一歩前にいた透が円香たちのほうを振り返った。「いいね、ちゃんと聴いてくれてるし、みんな。思ったより。」「えっ、う、うん……!」「あは~、そうかもですね~?」刑務官に囲まれて無表情に聞いてる観客に透が好感触を感じてるのはよくわからないけど。たしかに、みんなが円香たちをみていた。

 じゃあ、といって前を向いた透が足でリズムを取りはじめる。透のギターがひとりアルペジオを奏でて、三小節目で小糸のキーボードが、雛菜のドラムが、円香のベースが一気に合流する。タイミングはばっちりだった。いつもベースを聴くように言ってるのに透のギターで始まるときだけ雛菜のテンポがジャストなのは癪だけど。四人で弾けるように編曲したアレンジは講堂を軽やかに音で満たしていく。いつだって僕らは。円香は自分の歌うパート以外は基本ルート音を取ることに徹して、周りに注意を向ける。緊張もほぐれたのか、小糸がオクターブで柔らかなピアノを奏でながらアイコンタクトに笑顔で返してくる。雛菜も肩の力が抜けてリズムにも乱れがない。思いつきでリハモされる透のコードに小節頭でベースのルート音を強調しながら、円香は音を紡ぎ、歌を紡ぐ。ひとつひとつの音がパズルみたいにつながっていって、「私たち」の歌になる。響け、響け。

 演奏の余韻のあと、まばらな拍手にありがとうございましたと頭を下げながら、演奏で火照った身体に、これは達成感と呼べる感情かもしれない、と円香は思った。

 

問一:②

 ぎゅーん、だだだん。だん。ぱちぱちぱちぱち。

 透たちの2曲めの演奏が終わって、控えめな拍手が中くらいの大きさの講堂に響く。私たちの学校の体育館の半分くらいかな。音はつるつるの床で反響して、そんなに力んで演奏しなくてもそこそこよく鳴ってくれる。一音一音が多少ミスっても、そんなに恥ずかしくならないくらいには。ありがとうございまーす。そういって軽く礼をして、透は振り返る。

 面白そうじゃん、刑務所。行ったことないし。「あ、あったら大変だよ……!」といっている小糸ちゃんはちょっと青ざめていて、そんなに怖いのかな、と透は思う。だって、みんなひとだし。たしかに悪いひとかもしれないけど……「透先輩はいいひとですもんね~?」「何の話……」――まあ、とプロデューサーが手を叩く。楽しんできてくれればいい。そんなふうなことをいって、いつもみたいに笑う。

 みんなが透を見ていた。「いいね、ちゃんと聴いてくれてるし、みんな。思ったより。」「えっ、う、うん……!」「あは~、そうかもですね~?」みんなの顔がちょっと明るくなった気がする。樋口と目があう。透はこの瞳が、やれやれ、なのか、そうかもね、なのかわからない。あとで聞こう、このライブが終わったら。というか、成功させたら。

 ネックの背に手を滑らせる。息を軽く吸う。ピックが振動を透に伝える。キャビネットから増幅された音があふれ出る。歌なんだ、唐突に透は思う。このギターの一音一音も、――樋口たちの演奏が入ってくる――このみんなの一音一音も。雛菜のドラムもさっきよりも元気だし、小糸ちゃんの指も軽やかに動いてる。いいね。樋口がさっきからちょっと睨んでる気がするけど。コード間違えたかな。それでも、なめらかに四人の音が重なり合う。私たちの音だ。もし「希望の音」というものがあったとしたら――透は思う。その音はきっと、息のぴったりあった音なのだろう。

 ――ま、まあ、失敗してもほら、口コミとかで悪評が広まったりはしないからな! なんてプロデューサーは言って樋口に怒られてたけど。見てよ、透はギターをかき鳴らす。広めてほしい。私たちはここにいるって。言ってほしい。私たちがここにいたって。もっと遠くまでこの音が響いて、どこか遠くまでこの声が聞かれて。そうして――

 ありがとうございましたー。深々と頭を下げる。刑務官がカーテンを開いていって、少しづつ外の光が差し込んでくる。その光がどうにも眩しく見えるのは、きっとうす暗い部屋に慣れていたからというばかりではないのだろう。薄く目を細めながら、そう透は思う。

 

 

メモ

・課題を見ながら悩んでいたらノクチルがバンドを演奏してたら......嬉しい! と急に湧いてきたのでこんな感じに。ル=グウィンも二次創作しちゃだめとは言ってないしね。うちの合評会ではOKとしています(ただ、自分がやるのは練習問題②の問一でリコリコの二次創作をして以来ですね)。今年はじめて書いた文章がこれということで、幸先がいい。
 ちなみに書きはじめる前にざっくりメモを書いてたんだけど、↓これだけでした。ざっくりすぎる。

バンドやってるノクチル

透 ギター

円香 ベース

雛菜 ドラム

小糸 キーボード

 昨日のシャニ5thのライブ、私は見てなかったのですがノクチルがバンド演奏をしていて楽器の担当がこれとおんなじだったらしく、解釈が一致してよかったです。当然透はギターとして、円香はベースだし、雛菜はドラムだし、小糸ちゃんはキーボードなんだよな......

・私の文舵サーバーではなんか音楽の演奏シーンだったり音楽についてを実作で書いて提出する人が多いので、自分も演奏シーンの描写ははじめてながら書いてみたかたち。とくに不自然にはなってはないとのことで、よかったです。三人称で書くのも2回目か3回目くらいだけど、そろそろ慣れてきたのではないでしょうか。

・合評会では「オタクが好きなやつをやってんな~と思った」的なことを言われた。はい...... 楽しんでもらえたみたいでそれはよかった。最初の始まる箇所と終わる箇所を揃えて、あいだで回想するところもだいたい同じ出来事を回想しつつ、どう感じたかで文章が変わってくるような書き方をしたんだけど、回想の比重がそこそこ大きいので同じ出来事を共有してるといえるのか?、といった指摘もあった。難しい。

・円香と透で文体はかなり変えられた感じがあり(そこもいい感じの評価をもらえた)、いままで文舵で書いたものとも文体をそこそこ変えられたと思うのでよかったです。締切時間を間違えてて、透のほうは1時間半くらいで書いたのかな?(私にしては早いほう) 楽しいと筆が進みますね。そういえば透のほうは全部現在時制のみで書いていますが、某作品のリスペクトです。

・「ま、まあ、失敗してもほら、口コミとかで悪評が広まったりはしないからな!」というシャニPの台詞について、いくらシャニPでもこんな最悪ジョークは言わないと思う、というシャニP解釈に対する指摘があった。焦って変にフォローしようとして追い詰められたシャニPだとこのくらいのことは口走りそう、と思ったのだけど、シャニPごめんな......倫理観を信じきれないばっかりに.......

・(さらに雑談)これを書いたのは2月末から3月頭くらいなのだけど、円香のほうを書き終わったあとにYoutubeを見てたらこの動画(雛菜がいつだって僕らはのドラム演奏をしてるMMD)を見つけて、とにかくこだわりの塊みたいな精度にびっくりしてしまった。 

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しかもトレスでもモーションキャプチャでもなく手打ちとのことで、執念が凄まじい。さらに驚いたのは、このひとがネルドラP(亞北ネルにドラムを演奏させるP)だったということ。亞北ネルといえばドラム、というイメージを作ったひとの作品に令和にまた偶然出会うことになるとは......(亞北ネル自体、名前を知ってる人はいまじゃ少ないでしょうけれど......)

 明日ハ素晴ラシのMVでも亞北ネルさんがドラムを叩いてますからね。という感じで、今年もゆっくり文舵も頑張っていきたいと思います......(途中からの参加者も募集中です)

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