cartaphilium

La prière la plus solitaire est ainsi la plus solidaire des autres.

文体の舵をとれ 〈練習問題⑤〉簡潔性

 一段落から一ページ(四〇〇~七〇〇文字)で、形容詞も副詞も使わずに何かを描写する語りの文章を書くこと。会話はなし。

 

 早朝、師走の海沿いを進む列車は、すべてが今日になり損ねて昨日のままのような、ある種の静謐さを湛えていた。とっておきの秘密を共有するように小声で語り合う学生たち、すり減った手袋を膝の上に揃えて眠る旅行客、それらを照らす透き通った朝の光。

 車窓に寄せた手のひらに息を吹き込んで暖をとる。昨夜この地域一帯を覆い尽くした初雪は、豪雪地帯の列車の運行をとめるには至らなかったものの、予算削減にあえぐ鉄道会社の吐息ばかりの暖房を制して、窓からドアの隙間から、めぐった季節の冷たさを送りこんでいた。

 マフラーの巻きを強めて、規則的に揺れる振動に身を任せる。逃げるように飛び込んだ列車は、それでもいつもどおりに私たちを運んでいく。 目の奥を刺す雪の白。その向こうで灰色に輝く海の、音には聞こえない息遣い。一定のリズムで揺れるシートの上で、ガラスを隔てた世界のすべてが、澄んだ朝の気配にその一息までも自覚的になる私の呼吸と調和して。

 ――胸元にしまっていた携帯電話がその静寂を遮った。

 慌てて着信音を止める。心臓は想像以上に乱れていた。昨日の記憶。屈辱。怒り。私がいまこの列車に揺られている理由。深呼吸する。心臓は想像以上に乱れていた。全部を置いてきたはずだったのに。携帯なんて持ってくるんじゃなかった。

 乗客のみなさんすみません。心のなかで何度も唱えながら、持ち手を押し上げて窓を開ける。

 外の風が隙間をこじ開けるように吹き込んで全身を冷やす。視線が集まっているのを感じる。十秒もあれば足りるだろう。

 手を振りかざして、窓の外へ携帯電話を放り投げた。遠く遠くに飛んで、刹那に視界から消える。勢いに任せて窓を閉める。静寂が、あたたかさが戻っていく。

 これで一件落着だな、と思う。車窓から差し込む朝日に、かじかむ手のひらを透かした。この電車の行き先は、私も知らない。

 

 

メモ

・課題が「簡潔性」なので、あえて副詞も形容詞もなしに細やかで叙情的な文章が書けないか、と思って頭を悩ませていたところ、こういう文章になった(特に前半)。読み返すとちょっとくどい気もする。「すべて(全部)」「いつも通り」「遠く」あたりは副詞的に用いられることもあるけれど、名詞として使っているので名詞です。あと、「〇〇さ」で名詞化したり、「〇〇的」とか「のように」みたいなせこい表現を多用している。せこい表現ってなに?

・携帯電話を投げ捨てるのは瀬戸口廉也がよく使うモチーフですね。合評会では後半部分が息切れ感というか、急に表現が簡潔になりすぎではみたいな指摘があったので、バランスがよくなるように多少手直しをしました。動きがないし展開もないねぇ~と思っていたら偶然携帯電話を投げる後半のシーンを思いついたので、前半と若干コンセプトが異なっていたところがあった。上手く緩急になってくれていればいいのですが。

・実を言うと、書いたのが11月とかなので書いたときのことはあんまり覚えていない。文章のリズムや表現で共起される流れで次の文章を書きすすめるような書き方を多用しているので、言葉遣いの段階で語彙が極端に制限されるとアウトプットするのにめちゃめちゃ時間がかかった記憶がある。